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存在論を解く(唯物論の真の意味)

「世界とは何か」「生命とは何か」「人間とは何か」について考える。

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57.補足-自由意志

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[ 2018年09月28日 23:05 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

56.補足-現象的意識と機能的意識

       意識(認識)の分類
_種別区分__要因区分__視点区分__意識(認識)の分類_
五感主要因外部認識機能的意識
副要因内部認識現象的意識
痛み主要因準外部認識準機能的意識
副要因内部認識現象的意識
感情主要因内部報告現象的意識
副要因内部認識現象的意識

・五感(主要因)は外部に存在するもの(リンゴ、山、川...等)を認識(外部認識)します。
これは機能的意識になります。
・痛み(主要因)は身体内部のダメージを認識します。
身体内部は心外部でありこの認識は準外部認識と言えます。
これは(一般的には現象的意識に分類されていますが)準機能的意識と呼ぶのが妥当です。
・感情(主要因)は心自身が自分自身の状況を評価し報告(内部報告)するものです。
これは現象的意識に分類されます。
・副要因(五感、痛み、感情)は主要因の結果生じた心の働きに心自身が視線を向ける(内部認識)ことにより生じます。
これは心自身が心内部に視線を向けているわけですが、しかし心内部を認識することはできません。
我々の認識能力は心内部に届くようには出来ていません。心内部は認識できません。
ですので心内部で起きている事柄は推測する以外にありません。
この認識は推測として生じ現象的意識に分類されます。
・機能的意識は明確なイメージを持ち言語による伝達が可能です。
・現象的意識は明確なイメージを持たず言語による伝達が出来ません。
・痛み(主要因)は準機能的意識と呼ぶのが妥当です。
これは言語による伝達が可能と言えるか否か、は微妙です。
[ 2018年09月28日 15:27 ] 存在論 | TB(0) | CM(0)

55.<目次>

この存在論ブログの目次です。
存在論の真の解、唯一の解を提示します。

1.存在論を解く
2.存在論の答え
3.自由意志の存在
4.存在論の各論
5.精神現象とは何か
6.意志とは何か
7.意志と行動
8.認識問題について
9.認識問題の評価
10.存在論解決の障害
11.存在論解決の方向
12.存在論問題の核心
13.心の構造
14.心内部の認識
15.心内部認識の意味
16.情報処理とは
17.なぜ唯物論か
18.還元とは
19.他者問題/読者問題とは
20.機能的意識と現象的意識
21.心の内と外
22.クオリアとは
23.存在論の解(中間まとめ)
24.人間とロボットの違い
25.感情とは何か
26.原理的可能性と実際的可能性
27.存在論を解くことの意味
28.精神の科学的解析
29.自由意志-自由意志とは
30.自由意志-2つの自由意志
31.自由意志-自由意志の検証
32.自由意志-思考実験
33.自由意志-結論
34.生命の定義
35.生命モデル-その1
36.生命モデル-その2
37.生命モデル-その3
38.精神現象の物理的イメージ
39.認識問題-補足
40.実在論批判
41.実在論批判-デカルト
42.実在論批判-スピノザ
43.実在論批判-唯物論
44.観念論批判
45.観念論批判-カント
46.観念論批判-フッサール
47.観念論批判-ハイデガー
48.存在論雑感
49.生存戦略
50.宗教とは何か
51.終わりに

--- 以下、補足 ---

52.「我思う、故に、我有り」
53.意識の外へ
54.実在論批判-その他

56.補足-現象的意識と機能的意識
57.補足-自由意志

--- <目次> 終わり ---
[ 2018年05月05日 15:29 ] 存在論 | TB(0) | CM(0)

54.実在論批判-その他

ここでは実在論哲学者であるチャーマーズとサールを採り上げます。

(1)チャーマーズ(ディビッド・チャーマーズ)

自然主義的二元論を唱えました。
存在論に於ける現象的意識の重要性を明らかにしました。
精神現象は脳の働きから生まれる、脳の働きに還元可能である、と考えました。
但し、現象的意識のみは脳の働きに還元できない、と考えました。
そのため唯物論には否定的でした。
現象的意識については、未知の物理現象により説明可能(還元可能)かもしれない、と期待していた節もあります。

(2)サール(ジョン・サール)

生物学的自然主義を唱えました。
現象的意識に重点を置いて哲学研究を進めています。
精神現象は脳の働きから生まれる、脳の働きに還元可能である、と考えました。
但し、現象的意識のみは脳の働きに還元できない、と考えました。
(意識の因果的還元は可能であるが存在論的還元は不可能である。)
そのため唯物論には否定的でした。

(以下は、チャーマーズとサールに対する私の感想です。)
二人とも実在論者であり現象的意識に着目している点で、存在論の真実に最も近い哲学者であるものと思います。
既存の唯物論者が現象的意識を無視している、現象的意識の重要性に気付いていない、ということと比較して、(唯物論に否定的な)二人のほうが存在論の真実に近い、というのは皮肉だと思います。
もし、二人が現象的意識の本質に気付けば、存在論の真実に到達できるのは、間違いないだろうと思います。
[ 2018年05月03日 15:02 ] 存在論 | TB(0) | CM(0)

53.意識の外へ

我々の認識は常に心の内に観念として生まれます。
我々が認識できるのは心の内の認識内容(観念)のみです。
我々は心の外について直接知ることはできません。
心の外の世界については推測できるのみです。

そこで問題となるのは、我々の認識内容(観念)は心の外と繋がりがあるのか、それとも、心の外とは全く無関係なのか、という点です。
実在論では、認識内容(観念)は心の外(実在)と繋がっている、と考えます。
観念論では、認識内容(観念)は心の外とはつながりが無く無関係である、と考えます。
観念論では、認識内容(観念)は(心の外とは無関係に)心自身が生み出している、と考えます。
実在論では、認識内容(観念)から外の世界(実在)を推測します。
実在論では、様々な視点から見たその推測の整合性から対象の実在性を確信し認めます。
実在論では、外部世界の実在性を確信し認めることで、意識の外へ出ます。
観念論では、意識の外へ出ることができず、意識の内に留まります。

我々は心の外を直接認識できない、認識できるのは心の内の観念のみである、というのは事実です。
しかし、そのことから、認識は心の外とは無関係である、と結論するのは早計です。
そのことから、認識は心の外と関係があるのか否か、は直接には判断できない、と考えるのが正しい推論のあり方です。

実在論では、リンゴ(実在)があるからこそリンゴ(観念)が生じる、と考えます。
観念論では、意識の外とは無関係に心自身がリンゴ(観念)を生みだす、と考えます。

もし、(観念論のように)外の世界との繋がりを認めないのであれば、その主張は心の内のみで語られる主張ということになります。
そこには客観的存在としての他者は存在しないことになります。
もし、そこに他者が存在していたとしても、その他者は自分自身の心が生み出した他者ということになり、それは(真の他者ではなく)自分自身の分身でしかなくなります。

意識の内に留まり、意識の外に出ないのであれば、その主張は独我論にならざるを得ません。
その意味で、観念論は独我論にならざるを得ません。
独我論から抜け出るためには外の世界(実在)を認めること、客観的他者の存在を認めることが必要です。

カントの認識の考え方については、意識の外(物自体=実在)との繋がりがある、とする解釈と、繋がりなどない、とする解釈の二つの解釈があります。
もし、意識の外との繋がりがある、という解釈が正しければ、カントの観念論は独我論であることを免れます。
そうでなければ、カントの観念論は独我論にならざるを得ません。

フッサールは客観的世界の存在を確信する条件を意識の内に見つけました。
それは、客観的世界の存在(実在)を確信できること、を意味します。
フッサールは、その確信を信じ実在論へ移行すれば、独我論から抜け出ることができたはずです。
しかし、フッサールが実在論へ移行することはありませんでした。
その結果、フッサールは独我論から抜け出ることはできませんでした。
間主観性の論では意識の内に他者を構成しますが、その他者は意識の内の他者に過ぎず、(客観的他者ではなく)自分自身の分身にしか過ぎません。
これでは独我論から抜け出すことはできません。

ハイデガーは、存在論の全てを意識の内で展開します。
意識の内に自分自身と世界(意識の内の世界)を置き、その世界(意識の内の世界)には自分自身の気遣い/関心に応じて他者やその他の存在物が現れます。
しかし、その他者は(客観的他者ではなく)自分自身の心の生み出した他者であり、自分自身の分身に過ぎません。
ハイデガーの存在論は、意識の内のみで構成されているため、独我論であることを免れません。

意識の外へ出ない限り独我論から抜け出すことはできません。
観念論は独我論にならざるを得ません。
独我論は全く無意味な論です。
[ 2018年05月02日 17:14 ] 存在論 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

ある唯物論者

Author:ある唯物論者

存在論の真の答え、唯一の答えを提示します;

筆者は実在論者&唯物論者&機械論者です。

マイハンドル
現ハンドル:
ある唯物論者、青雲の民

旧ハンドル:
異邦人、ぽん太郎、BCWorld その他
近況
唯物論とは
・「この世界は物質のみより成る」
・「物質のみが実在である」
これが唯物論の主張です。

この世界の全ては物質が物理法則に従って運動することにより生み出されています。
全ての現象は物理現象です。
精神現象も現象的意識も物理現象です。
解くべき問題
精神現象や現象的意識は如何なる物理現象であるのか?
この問題を解くことが存在論を真に解くことになります。
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